『漢紀』高祖皇帝紀を読んでみよう:その30

その29(http://d.hatena.ne.jp/T_S/20181207/1544108561)の続き。





六月漢王歸櫟陽。
引水灌廢丘、章邯自殺。
壬午、立子盈為太子、赦罪人。
關中大飢、米斗五千、人相食。
秋八月如滎陽。使酈食其説魏王豹。豹曰、漢王侮慢人、罵詈諸侯王如奴虜耳。吾不忍復見也。食其還。王問魏大將軍誰也。曰柏直也。王曰、此將其口尚乳臭、不能韓信。騎將馮敬不能當灌嬰。歩將項他不能當曹參。吾無患矣。乃以韓信為左丞相、與曹參灌嬰倶撃魏。韓信聞魏不以周叔為大將軍乃喜、遂進兵、偽陳船欲渡臨晉。魏聚伏兵以距之。信乃伏兵從下陽、以木罌缶渡軍、襲安邑、虜魏王豹。
初、豹有姫曰薄姫。許負相之、當生天子。豹恃此而反。豹敗、王遂納薄姫、是生文帝。
(『漢紀』高祖皇帝紀巻第二)


項羽の攻勢が限界となったところで劉邦は一旦関中に戻る。章邯は死んで関中全体が劉邦のものとなり、父の犠牲になって危うく死ぬところだった息子の劉盈は太子となる。そして関中は飢餓に襲われる。




だが、そんな状況でも劉邦は再度出撃し、西魏王魏豹を討つ。



魏豹は韓信の策によって破れ、魏は改めて劉邦の軍門に下った。




またも、項羽の喉元まで劉邦の勢力が近づいてきたのである。とてつもなく目まぐるしい。