『漢紀』高祖皇帝紀を読んでみよう:その21

その20(http://d.hatena.ne.jp/T_S/20181124/1542985536)の続き。





沛公入咸陽、宮室婦女珍寶犬馬之飾甚盛、欲留之。張良諫沛公曰、秦為無道、故使沛公得至於此。今始至秦、即安其樂、此助桀為虐也。乃還軍霸上。諸將皆爭取秦寶貨、蕭何獨悉收秦圖書。
十有一月、沛公與秦人約法三章、殺人者死、傷人者刑、及盜抵罪。吏人皆安堵如故、民爭獻牛酒、又讓不受。於是民知徳義矣。沛公乃遣兵距關、欲王關中。
是時項羽率諸侯兵四十萬衆、號百萬衆。西至新安、卒心不服出怨言、羽乃夜撃之、坑秦降卒二十餘萬人。
(『漢紀』高祖皇帝紀巻第二)

いともたやすく行われるえげつない行為。




劉邦張良のアドバイスで咸陽に入ると秦人たちを懐柔し、蕭何は秦の文書類を抑える。多分地図やら戸籍やらといった、軍事や徴税といった事に関わる基本資料だろう。




後から考えると、この時の対秦政策は物凄く効果を発揮した事になる。





その一方、項羽は章邯らの率いていた秦兵20万を土に返した。



後から考えると、この時の対秦政策は物凄く足を引っ張った事になる。