公戸満意

(徐)延及徐氏弟子公戸滿意・桓生・單次皆為禮官大夫。
【注】
師古曰「姓公戸、名滿意也。與桓生及單次凡三人。單音善。」
(『漢書』巻八十八、儒林伝)

延及徐氏弟子公戸滿意・桓生・單次皆嘗為漢禮官大夫。
【注】
索隠、公戶、姓。滿意、名也。案、訒展云二人姓字、非也。
(『史記』巻百二十一、儒林列伝)

漢書』注の顔師古先生はこれまでの注釈者たちの注釈を数多く引用した上でその正誤をコメントするというスタイルが多いのだが、上記の儒林伝注では訒展が「公戸満意」について注釈していたらしいのに無視している。




公卿使大臣請、遣宗正與太中大夫公戸滿意・御史二人、偕往使燕、風喻之。
(『史記』巻六十、三王世家、補)


別の個所では「公戸満意」が一人の人名であるとしか読めないので、「公戸満意」を「公戸」と「満意」の二人の人名だとする訒展説は論ずるに値しない駄説と思って引用すらしなかったのだろうか。


もちろん、深い意味などなかったかもしれないが。