野心家荀攸

(荀)攸以蜀漢險固、人民殷盛、乃求為蜀郡太守、道絶不得至、駐荊州
(『三国志』巻十、荀攸伝)

荀攸董卓死後の時期、「堅固で民が多く栄えている」という理由から蜀郡太守になることを求めたのだという。



こういう時期にそういう理由で郡を選ぶのって、野心の発露っていうことなのか?



荀攸は、董卓死後の混乱が長期化したら蜀郡で半独立の状態を維持しよう、くらいは思っていたのだろうか、もしかして。