三国

約束の地

初、天子之立非(袁)紹意、及在河東、紹遣潁川郭圖使焉。圖還説紹迎天子都鄴、紹不從。會太祖迎天子都許、收河南地、關中皆附。 (『三国志』巻六、袁紹伝) 曹操は天子を迎えて許に行き、河南地を納めた。 この「河南地」はまあ黄河の南側、河南郡やその近…

『晋諸公賛』

傅暢晉諸公贊曰 (『三国志』巻四、高貴郷公髦紀注) 昨日の記事で出した『晋諸公賛』を記したのは「傅暢」というヤツらしい。 (傅)祗字子莊。父嘏、魏太常。・・・(中略)・・・祗自以義誠不終、力疾手筆敕厲其二子宣・暢、辭旨深切、覽者莫不感激慷慨。…

韓寿の評価

(賈)謐字長深。母賈午、充少女也。父韓壽、字徳真、南陽堵陽人、魏司徒暨曾孫。美姿貌、善容止、賈充辟為司空掾。 充毎讌賓僚、其女輒於青璅中窺之、見壽而悦焉。問其左右識此人不、有一婢説壽姓字、云是故主人。女大感想、發於寤寐。婢後往壽家、具説女意…

州泰の就職

干寶有言曰、昔高祖宣皇帝以雄才碩量、應時而仕、値魏太祖創基之初、籌畫軍國、嘉謀屢中、遂服輿軫、驅馳三世。性深阻有若城府、而能寬綽以容納。行任數以御物、而知人善采拔。故賢愚咸懷、大小畢力。爾乃取鄧艾于農瑣、引州泰于行役、委以文武、各善其事。…

南陽圭泰

(鄧)艾州里時輩南陽州泰、亦好立功業、善用兵、官至征虜將軍・假節都督江南諸軍事。景元二年薨、追贈衛將軍、諡曰壯侯。 【注】 世語曰、初、荊州刺史裴潛以泰為從事、司馬宣王鎮宛、潛數遣詣宣王、由此為宣王所知。及征孟達、泰又導軍、遂辟泰。泰頻喪考…

呂布本事

呂布本事一卷、毛范撰。 (『隋書』巻三十三、経籍志二、史、雑史) 『隋書』経籍志によると、「呂布本事」という書があったそうな。 前後の書などから判断すると、晋頃の人の筆によるものに思われるが、毛范なる人物が何者で、「呂布本事」がどういう書なの…

台崇の子孫

臺産字國儁、上洛人、漢侍中崇之後也。少專京氏易、善圖讖・祕緯・天文・洛書・風角・星算・六日七分之學、尤善望氣・占候・推歩之術。隠居商洛南山、兼善經學、汎情教授、不交當世。 (『晋書』巻九十五、芸術伝、台産) (八月)辛亥、鎮東將軍曹操自領司…

呉録曰、皇象字休明、廣陵江都人。幼工書。 (『三国志』巻六十三、趙達伝注引『呉録』) 皇侃、呉郡人。青州刺史皇象九世孫也。侃少好學、師事賀瑒、精力專門、盡通其業、尤明三禮・孝經・論語。 (『梁書』巻四十八、儒林伝、皇侃) 三国呉に「皇象」とい…

『魏略』について

魏略以(常)林及吉茂・沐並・時苗四人為清介傳。 (『三国志』巻二十三、常林伝注) 魏略苛吏傳曰、(王)思與薛悌・郤嘉倶從微起、官位略等。 (『三国志』巻十五、梁習伝注) 魏略勇俠傳載孫賓碩・祝公道・楊阿若・鮑出等四人。賓碩雖漢人、而魚豢編之魏…

『魏略』知足伝

魚豢魏略知足傳、方田・徐於管・胡、則其道本異。 (『梁書』巻五十二、止足伝) ほう、魚豢『魏略』には「知足伝」という伝があったのか。 「田・徐」「管・胡」は誰の事だろうか? 田疇・徐邈(曹操による封爵を辞退した田疇、三公への叙任を辞退した徐邈…

公孫度の戦い

(初平元年)遼東太守公孫度自號爲平州牧、立漢世祖廟。 (『後漢紀』孝献皇帝紀第二十六) 遼東太守公孫度が漢の世祖廟を立てたのは、あの董卓が洛陽を破壊したという初平元年の事だったという。 という事は、公孫度としては「洛陽で事実上失われた皇帝廟を…

ない内史

五月丙申、天子使御史大夫郗慮持節策命公為魏公曰・・・(中略)・・・魏國置丞相已下羣卿百寮、皆如漢初諸侯王之制。 (『三国志』巻一、武帝紀) 秋、羣下上先主為漢中王、表於漢帝曰・・・(中略)・・・以漢中・巴・蜀・廣漢・犍為為國、所署置依漢初諸…

仲長統『昌言』法誡篇を読んでみよう:その3

その2(https://t-s.hatenablog.com/entry/2020/08/27/000000)の続き。

仲長統『昌言』法誡篇を読んでみよう:その2

その1(https://t-s.hatenablog.com/entry/2020/08/26/000100)の続き。

仲長統『昌言』法誡篇を読んでみよう:その1

損益篇の次は法誡篇。

仲長統『昌言』損益篇を読んでみよう:その7

その6(https://t-s.hatenablog.com/entry/2020/08/24/000100)の続き。

仲長統『昌言』損益篇を読んでみよう:その6

その5(https://t-s.hatenablog.com/entry/2020/08/21/000100)の続き。

仲長統『昌言』損益篇を読んでみよう:その5

その4(https://t-s.hatenablog.com/entry/2020/08/20/000100)の続き。

仲長統『昌言』損益篇を読んでみよう:その4

その3(https://t-s.hatenablog.com/entry/2020/08/19/000100)の続き。

仲長統『昌言』損益篇を読んでみよう:その3

その2(https://t-s.hatenablog.com/entry/2020/08/18/000100)の続き。

仲長統『昌言』損益篇を読んでみよう:その2

その1(https://t-s.hatenablog.com/entry/2020/08/17/000100)の続き。

仲長統『昌言』損益篇を読んでみよう:その1

理乱篇の次は損益篇。

仲長統『昌言』理乱篇を読んでみよう:その5

その4(https://t-s.hatenablog.com/entry/2020/08/14/000100)の続き。

仲長統『昌言』理乱篇を読んでみよう:その4

その3(https://t-s.hatenablog.com/entry/2020/08/13/000100)の続き。

仲長統『昌言』理乱篇を読んでみよう:その3

その2(https://t-s.hatenablog.com/entry/2020/08/12/000100)の続き。

仲長統『昌言』理乱篇を読んでみよう:その2

その1(https://t-s.hatenablog.com/entry/2020/08/11/000100)の続き。

仲長統『昌言』理乱篇を読んでみよう:その1

唐突だが、後漢末の仲長統の『昌言』を読んでみようと思う。 尚書令荀彧聞(仲長)統名、奇之、舉為尚書郎。後參丞相曹操軍事。毎論説古今及時俗行事、恆發憤歎息。因著論名曰昌言、凡三十四篇、十餘萬言。 獻帝遜位之歲、統卒、時年四十一。 友人東海繆襲常…

万戸侯孫登

孫登字子高、權長子也。 魏黄初二年、以權為呉王、拝登東中郎將、封萬戸侯、登辭疾不受。 是歳、立登為太子、選置師傅、銓簡秀士、以為賓友、於是諸葛恪・張休・顧譚・陳表等以選入、侍講詩書、出從騎射。 (『三国志』巻五十九、孫登伝) 孫権が曹丕によっ…

禅譲か放伐か

前回の魏公と魏王について。 帝位の禅譲を受けるのは王でなければならない、という決まりは本来は無いはずだ。例えば尭や舜は少なくとも王とは言われていないように思われる。 だが、ここで一つ思った。 殷を放伐により滅ぼした周は、王を名乗っていたではな…

魏王についての疑問

曹操は魏公から魏王になったが、何故魏王になったのだろうか? 魏公の時と領土は変わってないようだし、既に魏公が他の諸侯王より上の地位であると決められている。 じゃあ将来行うであろう禅譲のためかというと、その先達王莽はそもそも王にはなっていない…