年明けが近づいている。
こういう時、このブログ的には元日にお亡くなりになったブログのアイドル烈祖様のことを思い出す。
その烈祖様、「十二月乙丑、帝寝疾不豫」(『三国志』巻三、明帝紀)となってから、16日後に皇后(郭氏)を立て、その3日後に大将軍曹宇を罷免して曹爽を大将軍にし、さらにその3日後の元日に司馬懿が到着、その日の内に皇太子を立て、それから死去してその日の内にザ・ニュー皇帝即位、とぃう流れなんだな。
なんというか、いつお亡くなりになるかわからないなら、なおのことすぐに皇太子を立てればいいものを、なぜしないのか、というのが不審でならない。
これでは、司馬懿が到着するまでは下手に皇太子を立てることもままならないみたいではないか。
まあ実際、都の外で兵を握っていた状態の司馬懿の意に反する形で皇太子が決まっていたら、兵を動かせる司馬懿がどう反応するか、と思えば、下手なことはできないのかもしれない。
というか、「司馬懿が来たら立太子と崩御と新帝即位を発表する」ということになっていたのか、という風に思わなくもない。
まぁつまり、割と早い段階で烈祖様は「ヒットポイントゼロになっていても強制イベントで元気なことになって平然としゃべり出すイベントキャラ」みたいな状態になっていたんじゃないだろうか。
皇太子が最初から決まっていたらそうはしないのだろうが、この場合は軍を握る大臣やら政権を担当する大臣やらの顔色を窺いつつ皇太子を決めないと、反抗された時にヤバすぎる、ということかもしれない。
大臣たちにとっても次の時代の生き残りに直結するのだから、そこはガチだろう。
まあ何というか、本当はもう「公式発表するまでは生きている状態と死んでいる状態が半分ずつ存在している」ような状態だったかもしれない烈祖様、ということで。