お誘いの理由

昨日の話だが、そもそも冀州刺史王芬らはどうして曹操を引き入れようとしたのか?



既に能力を示していたとはいえ、無官である曹操が、この時の廃立においてどれほど力になっただろうか?





時期を考えると、いわゆる黄巾の乱が起こった後のこととされている。



この時期の曹操近辺の話としては、黄巾後の中平4年に曹操の父曹嵩が大司農から三公(太尉)になっている。



もしかして、王芬らが本当に得たかったのは、この父曹嵩の協力だったのではないか?



現役三公が味方に付いていたのであれば(まだ大司農の時代かもしれないが、それでも三公に次ぐ九卿ではある)、皇帝をどうにか出来た後に実際に権力を握る道筋を作りやすいだろう。いわば対朝臣の政治工作を期待できる、ということだ。



無官の曹操には、曹嵩への「渡り」をつけてほしい、というのが王芬らの本音だった、ということか・・・?