曹嵩の謎2

及子(曹)操起兵、不肯相隨、乃與少子疾避亂琅邪、為徐州刺史陶謙所殺。
(『後漢書』列伝第六十八、宦者列伝、曹騰)

曹操の父曹嵩は、曹操挙兵の時に曹操に同行せず琅邪へ避難したという。




昨日も挙げた袁隗などの例からすると、曹嵩が洛陽近辺にいたなら董卓に捕まっている可能性は高いだろう。



となると、彼は故郷の地である沛国にでもいたのだろうか?





それに、なぜ彼は琅邪を疎開先にしたのだろうか?



曹操挙兵の前年中平5年に青州・徐州で黄巾が起こったとされている。


曹嵩は黄巾がウロウロしていそうな土地に敢えて飛び込んだのか?




やはり分からない事だらけだ。