昨日の記事からふと思ったことなんだが、曹操は曹沖を十三歳になる以前からやたら高く評価して後継者にまで考えた、ということになるんだよなあ。
すでにそこそこの年齢に達した曹丕を差し置いて。
まあ、それくらい優秀なところを見せていたということなんだろうが、袁紹の後継争いがどうやって起こって最後どうなったかを考えると、その段階で最年長の曹丕を差し置いてそこまで言ってしまうのは、色々な意味で危険ではなかろうか。
もっとも、曹丕もその頃はまだ若くてどうなるかわかったもんじゃないというのもあったんだろうし(それは曹沖にも言えることではあるが)、曹操が欲しがっていた人妻甄氏の強奪なんてこともやらかしていたので、曹操の曹丕への評価がどん底に低下していた、というのもあったのかもしれないが。
とにかく、なんというか曹沖を後継にというのはとてつもなく「危険」な言動だったんじゃないかなあ・・・。