昨日の話だが、よくよく考えてみると、鍾会の「兄子」が鍾毓を指すとは限らないかもしれないな。
鍾会には鍾毓以外にも兄がいたかもしれないからだ。鍾会の父というとあの畜生鍾繇なので、庶子が他にいてもさほどおかしくもないだろう。
助命されたのは「鍾繇と鍾毓の子孫」であるように読めるので、「鍾繇の孫であっても鍾毓の子ではない者」については助命の対象にならない、と考えることができる。
もしかすると、鍾邕・鍾毅とその子は鍾毓の子孫ではないから助けてもらえず、鍾峻・鍾辿は鍾毓の子なので助けられた、というのが真相かもしれない。
だとしたらまあまあシビアな話ではある。