魯王の外戚史氏

平臺
史子叔。以宣帝大母家封為侯、二千五百戸。衛太子時、史氏内一女於太子、嫁一女魯王、今見魯王亦史氏外孫也。外家有親、以故貴、數得賞賜。
(『史記』巻二十、建元以来侯者年表)

かの宣帝の祖母史氏の一族史玄らは宣帝即位後に列侯となった。



史記』建元以来侯者年表によれば、史氏は宣帝の祖父戻太子(衛太子)に嫁いだが、魯王に嫁いだ史氏の娘もおり、どうやら魯王の後継ぎをこの史氏が産んだらしい。




つまりこの史氏は魯王の外戚であり、史氏の出身地魯国においては大族であったのではないかと考えられそうだ。




幼少時を牢獄で過ごした宣帝が牢を出た後は史氏に引き取られるのだが、魯王の外戚でもある史氏はそれなりの財力や影響力を持った家という事のようだ。