司馬懿を認めた男

(楊)俊自少及長、以人倫自任。同郡審固・陳留衛恂本皆出自兵伍、俊資拔奬致、咸作佳士。後固歴位郡守、恂御史・縣令、其明鑒行義多此類也。
(『三国志』巻二十三、楊俊伝)

後漢末の楊俊は市民感覚を以て自任していた。




そんな彼は身分の低い者に眠る才能を見つけて開花させることに長けていたらしく、審固・衛恂といった者は兵士であったが彼に抜擢され薫陶を受け、後に立派な官僚となった。




また、元奴隷くんの学者王象を拾い上げて教育を施した恩人も彼である。




彼はあの司馬懿の能力をいち早く認めた人物としても知られており、身分にとらわれない人材の鑑定眼はもしかしたらかなりのものだったのかもしれない。





司馬懿訒艾のような抜擢組を用いていたが、それは楊俊に倣ったものだったりしたんだろうか。






なお楊俊と王象の最期は・・・。