謎の列侯2

以前、http://d.hatena.ne.jp/T_S/20100610/1276096761という記事を書いた。



前漢初期に理由として「陽陵君を以て」とのみ書かれている封建理由不明の列侯、魏駟という者がいる、というものだ。




その時は魏の信陵君の末裔あたりか、などと推測(姓以外に根拠らしいものはないが)したが、もう一つ、一応可能性があるケースがあった。



襄王聞之、顔色變作、身體戰慄、於是乃以執珪而授之為陽陵君。
(『戦国策』楚四、荘辛謂楚襄王)

楚の頃襄王は荘辛という者を陽陵君にした、という。




漢の列侯魏駟がその直接の子孫かどうかはもちろんわからない(というか本当に関係あるかがわからない)が、楚の伝統ある爵位としての陽陵君を継いで漢初まで生き延びていた魏駟を、君よりも上位の爵である列侯にしてやった、ということかもしれない。





もっとも、「陽陵君」などという称号は戦国のどの国にもありそうな名前なので、かつて楚に陽陵君がいたというだけでは正直言って証拠とは言い難い。



むしろ魏氏であることを考えると、やはり魏の関係かもしれない、とも思う。




とりあえず可能性の一つとして記しておいた。