陳平の容姿と体格について

張負歸、謂其子仲曰「吾欲以女孫予陳平。」張仲曰「平貧不事事、一縣中盡笑其所為、獨奈何予女乎?」負曰「人固有好美如陳平而長貧賤者乎?」卒與女。
・・・(中略)・・・
絳侯・灌嬰等咸讒陳平曰「平雖美丈夫、如冠玉耳、其中未必有也。臣聞平居家時、盜其嫂。事魏不容、亡歸楚。歸楚不中、又亡歸漢。今日大王尊官之、令護軍。臣聞平受諸將金、金多者得善處、金少者得惡處。平、反覆亂臣也、願王察之。」
(『史記』巻五十六、陳丞相世家)

かの漢の高祖の謀臣として有名な陳平。




彼については、史書の上でしばしば「好美」「美丈夫」と「美」という形容で表現されており、どうやら見目麗しい男性であったようだ。






さて、そんな彼が具体的にどんな容姿、外見であったのかについては、下記の記事が大いに参考になるであろう。

陳丞相平者、陽武戶牖鄉人也。少時家貧、好讀書、有田三十畝、獨與兄伯居。伯常耕田、縱平使游學。平為人長大美色。人或謂陳平曰「貧何食而肥若是?
(『史記』巻五十六、陳丞相世家)

彼の家は貧しかったが、兄がキリギリスのように働いて食わせてくれたおかげで「裕福ではない家なのに何を食ったらこんなに太れるんだ?」などと罵倒されたというのだ。




つまり陳平はどうやらふくよかな、言い換えればはんぺん系男子であったようなのである。






ふくよかで見目麗しい男性・・・。



これはやはりマツコ・デラックスさんをイメージするべきなのだろう。




ハート様というのも少し考えたが、やはり美しさという点では少々厳しい点を付けざるを得ない。