光武帝の大抜擢

光武時有以疑獄見廷尉曹史張禹、所問輒對、處當詳理。於是冊免廷尉、以禹代之、雖越次而授、亦足以窅其臣節也。
(応劭『漢官儀』)


光武帝は判断に困る裁判について廷尉の配下の役人、曹史張禹なる者の説明を受けた。


その張禹の説明や質問への回答が立て板に水という素晴らしさだったため、光武帝は廷尉を罷免してその張禹を廷尉に大抜擢した。


こうして臣下に抜擢という飴と罷免という笞を見せ、より切磋琢磨するよう勧めたのであったのだそうだ。



なかなかエグイですな。
能力があったとしても部下の官吏の一人でしかない者がいきなりトップになるというのはかなり辛そうである。


もっとも漢の武帝が田千秋をいきなり大抜擢した事例があるので、光武帝はそれに倣ったということになるのだろうけど。




しかし、『後漢書』で上記の記録が見つかっていないのだが、上の記録は実際にあったことなんだろうか?

後漢初期の大臣に張禹という者はいるが、光武帝の縁戚で早い段階で光武帝の大臣となっている人物であり、上の内容とは合致しない。