http://blogs.yahoo.co.jp/daradarasangokusi/9194946.html
おおむね同意。
自分もかつて話題にしたように*1、反董卓で同盟した関東の諸将の一部では、「今の皇帝(献帝)はそもそも霊帝の子ではない」という風聞があった。
これが意図的に流したデマなのか何か根拠のあるものなのかは分からないが、とにかく関東の諸将の大義名分は「皇帝(献帝)を董卓から救い出す」ではなく、「正統な皇帝(少帝)を廃位した董卓を倒し、皇統を正す」であったことは間違いないと思う。
そういう大義名分の元だからこそ、そういった風聞も広まったということだろう。
少帝が殺されてしまうと、このままでは霊帝の血を引く正統な皇帝たりえる皇子が献帝しかいないことになってしまい、関東諸将の大義名分のよりどころが無くなってしまう。
そうなると、関東諸将の大義名分を維持するには献帝が即位していることが「皇統を正す」ことになっていないことが必要になる。
つまり、献帝は霊帝の実子ではない、と言うしかないのである。
これは特別目新しいことではない。
前漢の呂后の一族を陳平・周勃らが排除した際、恵帝の子として即位していた皇帝を「本当は呂氏なのに恵帝の子と偽って即位していた」と断じて廃位・殺害している。
おそらく、関東諸将が董卓を駆逐して献帝を保護したなら、献帝は同じように廃位される運命だっただろう。
*1:http://d.hatena.ne.jp/T_S/20100704/1278169275
*2:最後までいなかった、とも言える。