親族に出来るだけ権力や兵を持たせるようにする。
兄弟間の秩序を重んじ、長子相続を徹底しようとする(長子がアカンってみんなが言っていても)。
できるだけ服喪を徹底しようとする。
これ、西晋の司馬氏が心がけていたことと思うんだが、これらはどれもこれも曹魏が軽視したり排除したりしてきたことなんだよな。
つまり曹魏を簡単に滅んだ失敗王朝と捉え、反面教師としていたってことなんだろうな。
または、曹魏と逆のことをしようとしていた司馬氏に当時の人々の支持が集まった、とも取れる。
結論は「どっちもやりすぎだったんじゃね?」って気もするが。