司馬孚、服喪を止める

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司馬懿らの晋の司馬氏は代々親の服喪ガチ勢だったのだとか。


武帝崩、太子號哭過甚、(司馬)孚諫曰「大行晏駕、天下恃殿下為命。當上為宗廟、下為萬國、奈何效匹夫之孝乎!」太子良久乃止曰「卿言是也。」時羣臣初聞帝崩、相聚號哭、無復行列。孚厲聲於朝曰「今大行晏駕、天下震動、當早拝嗣君、以鎮海内、而但哭邪!」孚與尚書和洽罷羣臣、備禁衛、具喪事、奉太子以即位、是為文帝。
(『晋書』巻三十七、安平獻王孚伝)

だが、上記の記事によれば、父曹操の凶報に対して「一般人のように服喪しているときではない」と曹丕を説得して魏王継承に向け動かしたのは司馬懿の弟司馬孚だったのだ、という。




司馬氏の服喪は「匹夫之孝」であって、魏王太子曹丕は「匹夫」ではないから服喪を普通にしているどころではない、ということか。





まあ、その後その司馬氏の司馬炎は至尊の地位にありながら服喪を徹底しようとして臣下に止められているのだが・・・。


この時も司馬孚は一応止める側に回っている。つまり同じような話を同じような立場の君主に対して2度行ったわけだ。