悪の巣窟

太史公曰、吾嘗過薛、其俗閭里率多暴桀子弟、與鄒・魯殊。問其故、曰「孟嘗君招致天下任俠、姦人入薛中蓋六萬餘家矣。」世之傳孟嘗君好客自喜、名不虛矣。
(『史記』巻七十五、孟嘗君列伝)


史記』太史公によれば、かの賓客を多数集めた事で有名な孟嘗君の領地であった薛では、孟嘗君が招き入れた連中の影響で治安が大変悪くなっていたのだという。漢武帝の頃も続いていたということになる。



「6万余家」ってことは人口なら10万以上になると思うんだが、反社会的勢力の類がそれだけ一都市に集まったのだとしたら、何世代も経っても影響残っておかしくないかもな・・・。