魏武帝崩、文帝悉取武帝宮人自侍。
及帝病困、卞后出看疾。太后入戸、見直侍並是昔日所愛幸者。太后問「何時來邪?」云「正伏魄時過」因不復前而歎曰「狗鼠不食汝餘、死故應爾!」至山陵、亦竟不臨。
(『世説新語』賢媛第十九)
魏の文帝曹丕は武帝曹操の宮女を自分のものとし、そのまま自分の侍女とした。
まあもしかしたら曹操の死によって仕事を失うのかもしれない宮女たちを「再雇用」したのだと考えられなくもないかもしれないが、少なくとも当時の道徳的側面から見ると好ましいものとは思われなかったようだ。
そして文帝が病臥した際、母である皇太后卞氏が息子である皇帝のところへ見舞いへ行ってみたところ、息子に近侍していた侍女たちが以前寵愛していた者たちであったことに気付いた。
皇太后が「いつからここにいるのです?」と聞いたところ、「魂を呼び戻す儀式の時からです」とその侍女は答えた。
皇太后は激怒、「犬やネズミだって貴方の食べ残しは汚らわしいと思って食べない事でしょう!!」と言い放って見舞いを取りやめ、文帝が死去して埋葬されてもそこへ行こうとしなかったという。
「伏魄」というのはどうも死んだばかりの者の魂を呼び戻そうとする儀式であるらしい。
ということは、これは曹操の魂を呼び戻す儀式のことを指すわけで、曹丕は曹操の死後、埋葬も終わらぬ内からすぐに宮女を自分のものにしたのだ、ということを意味するのだ。
ただでさえ父の宮女を我が物にするというのが既にアウトくさいのに、父の葬儀もろくに終わらない内からの話だったとわかったのだから、母の怒りも当然というところだろう。