賈充100%

ふと思った。



魏の高貴郷公の死について、「皇太后を」殺そうとして逆に殺されたという皇太后の詔だけを記録する『三国志』本紀が真実を隠しているのはまず間違いない。




だが、司馬昭が結果的に皇帝を殺したことを晋サイドが隠そうとしたという解釈でいいのだろうか?




裴松之注を見ると、かの習鑿歯の『漢晋春秋』、孫盛の『魏氏春秋』では割と素直に皇帝が「司馬昭を」排除しようとして逆に殺された顛末を意外にしっかりと書いているようなのである。



三国志』成立期と全く同時期ではないとはいえ、同じ晋王朝であっても案外温度差が激しいではないか。






で思ったんだが、よくよく読むと『漢晋春秋』でもあくまでも「実行犯」は賈充であり、司馬昭も驚いているさまが記録されている。



つまり、実はこの事件をそのまま書いても司馬氏はそこまでは傷がつかないのだ。





しかし、この事件を白日の元に晒されたくないことが確実な人物が一人いる。



賈充である。





三国志』編者陳寿の立場を考えてみると、司馬昭司馬炎の腹心である賈充の機嫌を損ねたくはなかっただろう。



これこそが、陳寿にあのような真実を隠す(しかしいかにも真実が隠されていそうな「わかってくれ」と言わんばかりの書き方で)という選択をさせた理由ではなかろうか。



司馬氏のためではない、賈充のために隠したのだ。多分。