『潜夫論』を読んでみよう−救辺篇その6

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且夫國以民為基、貴以賤為本。是以聖王養民、愛之如子、憂之如家、危者安之、亡者存之、救其災患、除其禍亂。是故鬼方之伐、非好武也。玁狁於攘、非貪土也。以振民育徳、安疆宇也。古者、天子守在四夷。自彼氐羌、莫不來享、普天思服、行葦頼徳、況近我民蒙禍若此可無救乎?
凡民之所以奉事上者、懐義恩也。痛則無恥、禍則不仁、忿戻怨懟、生於無恥。今羌叛久矣、傷害多矣、百姓急矣、憂禍深矣、上下相從、未見休時、不一命大將以掃醜虜、而州稍稍興役、連連不已。若排簾障風、探沙灌河、無所能禦、徒自盡爾。今數州屯兵十餘萬人、皆廩食縣官、歳數百萬斛、又有月直。但此人耗、不可勝供、而反憚暫出之費、甚非計也。
是夫危者易傾、疑者易化、今虜新擅邊地、未敢自安、易震蕩也。百姓新離舊壊、思慕未衰、易將窅也。誠宜因此遣大將誅討、迫脅離逖破壊之。如𥶡假日月、蓄積富貴、各懐安固之後、則難動矣。周書曰「凡彼聖人必趨時」是故戰守之策不可不早定也。
(『潜夫論』救辺第二十二)


国というのは民によって成り立っており、貴族というものは賤しい人々によって成り立っている。


ゆえに聖天子が民を養うというのはわが子の如く愛し、我が家の如く心配し、危険があれば安定させ、無くなれば復活させ、禍から救い、害を除くのである。


鬼方や玁狁を討つというのも武を好み領土が欲しいからではなく、民を豊かにし徳を育み領土を安定させるためだったのだ。



かつては天子は四夷から民を守り、氐や羌だって服属していたのだ。



それなのに今では民が禍を受けているというのに助けることもできないというのか?




だいたい、民が上の者に従うのは恩義を受けるからだ。痛みをうければ恥じる気持ちが無くなり、禍を受ければ仁愛の気持ちが無くなり、怒りを抱くのである。



今、羌族は長いこと反乱しており、被害は多く人々は窮迫し禍は大きなものとなっている。



上の者から下々まで、みな休む間もない。




それなのに大将に敵の駆除を命じるでもなく、地方の役人は労役をエンドレスに起こしている。



これは簾をどけて風を防ごうとしたり、砂を探そうとして水を注ぐようなもので、守ることはできずただ疲弊するばかりである。




今、数州の駐屯兵十数万人は全て政府が食を与えており、その上に人件費もかかる。


これは一時的にかかる費用を惜しんで、かえって浪費して費用が足りなくなっているというものであり、正しい政策とは言えないのである。





そもそも危険であれば気持ちが傾きやすく、疑えば気持ちが変わりやすいものだ。



羌族が得た土地はまだ占領したばかりであり、動揺しやすい。強制移住した人々も故郷への気持ちが薄らいでおらず、戦意を高揚させやすい。



今こそ大将を派遣して羌を討つ時である。



もし時間が経過して富を蓄積し、それぞれが今の状態に安住すようになってしまったら、もはや動かすことはできないであろう。


王符先生は「下々の者を救わずして何が天子か!」とハリーも驚くばかりの喝を入れ、「人々が困っているのに徭役ばかり熱心なんだから・・・」とdisる。



その上で、羌が進出したばかりならまだ間に合いますということで早く出兵しろ、それしかない、とせかす。




これまでの対羌政策批判、政権批判の160㌔ストレートをズバズバズバズバと内角やら指やら顔面やらに決めてくるのであった。





救辺篇はここまで。