貂蝉と呂布

侍中冠武弁大冠、亦曰惠文冠。加金璫、附蟬為文、貂尾為飾、謂之貂蟬。

侍中金蟬左貂、金取堅剛、百錬不秏、蟬居高食潔、目在腋下、貂内勁悍而温潤。
貂蟬不見傳記、説者因物生義、予覽戰國策、乃知趙武靈王胡服也。其後秦始皇破趙、得其冠以賜侍中。高祖滅秦、亦復如之。
(応劭『漢官儀』)

侍中の被る冠は金の蝉の模様の飾りと貂の尻尾の飾りを付けており、これを「貂蝉」と言った。


で、その「貂蝉」について、由来についてちゃんとした記録がないので文字から意味を生み出して色々な説が出来ていたが、応劭本人が調べたところでは戦国時代の趙の武霊王の胡服に「貂蝉」があったのだ、という。
秦が趙を滅ぼすと始皇帝は侍中にその趙の胡服の「貂蝉」を与え、それが漢代にまで伝わったのだそうな。




貂蝉=武霊王の胡服→胡服の趙人であるところの呂布

と考えれば貂蝉呂布がつながらないこともない。
まあこういうのはたぶんどこかで提唱されていることだと思うけど。