トラウマ

梁世士大夫、皆尚褒衣博帶、大冠高履、出則車輿、入則扶侍、郊郭之內、無乘馬者。周弘正為宣城王所愛、給一果下馬、常服御之、舉朝以為放達。至乃尚書郎乘馬、則糺劾之。
及侯景之亂、膚脆骨柔、不堪行步、體羸氣弱、不耐寒暑、坐死倉猝者、往往而然。建康令王復性既儒雅、未嘗乘騎、見馬嘶歕陸梁、莫不震懾、乃謂人曰「正是虎、何故名為馬乎?」其風俗至此。
(『顔氏家訓』渉務)

南朝梁の時代、士大夫はすっかり堕落して馬に乗ることの出来る者などいなかった、というお話。


かの侯景の乱の際、軍馬を見て震え上がり、「これ虎じゃね?なんで馬なんて名前なの?」と言ったという。
貴族の惰弱さもここに極まれり、というところ。


けっこう有名な話だとは思うけど一応。
『顔氏家訓』は出典としてふさわしいか分からない。

陳舜臣氏も『中国の歴史』か『小説十八史略』で紹介していた。