禹貢九州

(建安)十八年春正月庚寅、復禹貢九州。
(『後漢書孝献帝紀)

(建安十八年五月)徙趙王珪為博陵王。
(『後漢書孝献帝紀)

先日の記事(http://d.hatena.ne.jp/T_S/20100711/1278780381)で「いつの間にやら、冀州は拡大している」などと書いたが、これはちゃんと『後漢書』に書いていることだった。今さら気が付いたのでメモしておく。

建安十八年正月ということは曹操が魏公になる直前。荀紣が死ぬのとほとんど同時のことである。
古の制度に復するという大義名分で自分に有利な制度を施行するのはよくある手。曹操に近い時代では王莽が得意だった。


それと、曹操の魏公国に趙国が併合されると同時に、趙王は博陵王へと国替えになっていた。