孫登の遺言、あるいは越権行為

孫呉の皇太子といえば、孫登が死に際にわざわざ孫和を推薦してるの、よくよく考えるとかなり生臭いよな・・・。



一緒に推薦してる群臣たちと併せて、自分の衣鉢を継ぐ者や勢力をそのまま残せ、皇太子とその側近にして重用しろ、って圧力かけてるようにも見えてくるのではないか。



大体、皇太子を決めるのって皇帝であり父である孫権の決定事項なわけで、子が意見していけないわけではないだろうが、孫権としては「それはお前が決めることじゃないぞ」って気持ちだったんじゃないかなあ・・・。