ターニングポイント

曹操献帝を拉致した建安元年から官渡戦が起こる5年頃にかけては、李傕・呂布張楊袁術公孫瓚など各地の独立勢力が一気に再編されている感じだ。



曹操の天下統一って、実はこのタイミングが最大のチャンスだったんじゃないだろうか。




本来なら上記の群雄より先に再編される側だったはずの張繍に背かれて敗走することがなければ、袁紹をはじめとする他の群雄に対して実際よりもずっと早く事を運べたんじゃないかと思う。




袁紹公孫瓚を滅ぼす以前から侵攻していれば挟撃の形にできたかもしれないわけで、対袁紹戦は全く違った様相だったことになる。




その場合は袁紹とその残党を滅ぼすのに何年もかけることがなかっただろうから、劉備孫権が雄飛する暇があったか怪しいものだろう。




もちろん本当にそうなったかは誰にもわからない。


ただ、張繍に離反され被害を出したことが、案外大きなターニングポイントだったんじゃなかろうか、と思えてならない。