これあかんやつや



先日の「鍾繇の畜生行為で打線組んだwww」について、上記のような反応があった。



これは凄い新戦力かもしれないので、さっそく調査してみた。



(荀)攸與鍾繇善、繇言「我毎有所行、反覆思惟、自謂無以易、以咨公達、輒復過人意。」公達前後凡畫奇策十二、唯繇知之。繇撰集未就、會薨、故世不得盡聞也。
【注】
臣松之案、攸亡後十六年、鍾繇乃卒、撰攸奇策、亦有何難?而年造八十、猶云未就、遂使攸從征機策之謀不傳於世、惜哉!
(『三国志』巻十、荀攸伝)

あの鍾繇様は同郷の荀攸と仲が良かったという。



荀攸が企画立案した奇策について詳しく知る者は鍾繇様だけだった、ということである。




そこで鍾繇様は荀攸の奇策について文集としてまとめようと思い着手したが、完成を待たずに鍾繇様はお亡くなりになってしまったため、荀攸の奇策は永遠に失われてしまったのだった。






裴松荀攸が死んでから鍾繇が死ぬまで十六年あったのに完成していないのはおかしいぞ」





まあ、ちょっとばかり怠けてた感じがしますね。




荀攸が死んでから鍾繇様が死ぬまでの十六年の間に若い側室寵愛して鍾会が生まれているというあたりをプラスしてみると、一層アレな感じが引き立つ。




だいたい、本人と鍾繇様しか知らなかったという奇策なのだから、それを編纂しようって考えたのは鍾繇様自身だった可能性が高いのでは・・・?


言いだしっぺがどうしていつまでたっても完結しないんですかねえ・・・?




途中で墓荒らしとか若い娘とニャンニャン(死語)とかにかまけていた鍾繇様・・・。





うーんこの三公。



たしかに、これはクリーンアップすら狙える逸材。



打線に入れなかった自分の不明を恥じている。