処刑の理由

(張)裕又私語人曰:「歲在庚子,天下當易代,劉氏祚盡矣。主公得益州,九年之後,寅卯之間當失之。」人密白其言。
(『三国志』巻四十二、周羣伝)


そもそも張裕が劉備に処刑されたのって、よくよく考えると先日言及した下ネタ応酬よりも、今回引用した部分の方がずっと重要じゃないだろうか・・・。



劉備は(死んで)益州を失う」も相当な気がするが、「天下が代替わりし、劉氏の天命は失われる」については、結構ヤバい発言だろう。漢王朝に対する不義不忠、大逆と言われても不思議ではないはずだ。




皇帝になってから処刑するというのは、「劉氏の天命が失われるという張裕の予言はそもそも間違っている」と明らかにするためかもしれない。


劉備が皇帝になることで、少なくとも蜀漢の公式見解的には漢王朝は滅びず続いているわけだから。




どちらかというと、この漢王朝蜀漢)の正統性に直接関わってくる、元々きわめて危険極まりない発言をしてしまっていた人物が、たまたま劉備自身に対しても気分を害する発言をしていた、ということではなかろうか。




劉備をからかったから張裕を処刑したというのは、短絡的かつ一面的な解釈かもしれない。