『漢書』王莽伝を読んでみよう:中その19

その18の続き。


十一月、立國將軍(孫)建奏「西域將欽上言、九月辛巳、戊己校尉史陳良・終帯共賊殺校尉刁護、劫略吏士、自稱廢漢大將軍、亡入匈奴。又今月癸酉、不知何一男子遮臣建車前、自稱『漢氏劉子輿、成帝下妻子也。劉氏當復、趣空宮。』收繫男子、即常安姓武字仲。皆逆天違命、大逆無道。請論仲及陳良等親屬當坐著。奏可。漢氏高皇帝比著戒云、罷吏卒、為賓食、誠欲承天心、全子孫也。其宗廟不當在常安城中、及諸劉為諸侯者當與漢倶廢。陛下至仁、久未定。前故安衆侯劉崇・徐郷侯劉快・陵郷侯劉曾・扶恩侯劉貴等更聚衆謀反。今狂狡之虜或妄自稱亡漢將軍、或稱成帝子子輿、至犯夷滅、連未止者、此聖恩不蚤絶其萌牙故也。臣愚以為漢高皇帝為新室賓、享食明堂。成帝、異姓之兄弟、平帝、壻也、皆不宜復入其廟。元帝與皇太后為體、聖恩所隆、禮亦宜之。臣請漢氏諸廟在京師者皆罷。諸劉為諸侯者、以戸多少就五等之差。其為吏者皆罷、待除於家。上當天心、稱高皇帝神靈、塞狂狡之萌。」
莽曰「可。嘉新公國師以符命為予四輔、明徳侯劉龔・率禮侯劉嘉等凡三十二人皆知天命、或獻天符、或貢昌言、或捕告反虜、厥功茂焉。諸劉與三十二人同宗共祖者勿罷、賜姓曰王。」
唯國師以女配莽子、故不賜姓。改定安太后號曰黄皇室主、絶之於漢也。
(『漢書』巻九十九中、王莽伝中)

十一月、立国将軍孫建が上奏した。「西域将但欽が報告したところでは、九月辛巳に戊己校尉史の陳良・終帯が共に戊己校尉刁護を殺し、官吏や兵を脅して従わせて漢の大将軍を名乗り、匈奴に亡命しました。また今月癸酉、何者かわからない一人の男性が私の馬車の前を遮り、「私は漢の劉子輿である。成帝の側室の子である。漢王朝は復活するべきであるから、速やかに宮殿を空にしておけ」と自称しました。その男性を捕え取り調べたところ、常安(長安)の者で姓は武、字は仲という者でした。彼らはみな天命に背き、大逆無道の罪に当たります。武仲や陳良らの親族は連坐するべきと申し立て、裁可されました。
漢の高皇帝は何度も戒めを出し、「官吏や兵を疲弊させるので、廟を守らせず、王氏の廟で合祀し、天の御心に従い、子孫を全うしようと思う。宗廟は常安城内に置くべきではないし、劉氏で諸侯となっている者は漢王朝と共に廃されてしかるべきである。」と言っておりました。しかし陛下は最高の仁の心の持ち主なので、長く決められずにおりました。
以前、元の安衆侯劉崇・徐郷侯劉快・陵郷侯劉曽・扶恩侯劉貴らはかわるがわる人を集めては反乱をたくらみました。私が思うに、漢の高皇帝は新王朝の賓客として扱い、明堂でお供え物を受けるようにするべきです。成帝は陛下にとって姓の違う従兄弟であり、平帝は婿に当たりますので、廟に入るべきではありません。元帝と皇太后とは夫婦で一体であり、陛下が大きな恩を受けているところであるので、礼を尽くすべきです。漢王朝の廟で都にあるものは全て廃止すべきです。劉氏で侯になっている者は領地の戸数によって五等爵のどれかに改めるべきです。劉氏で官にある者は罷免して自宅待機とすべきです。これによって天の御心に適い、高皇帝の神霊の意に沿い、悪の萌芽を防ぐことになるのです」



王莽は言った。「裁可する。嘉新公国師は天命により四輔となり、明徳侯劉龔・率礼侯劉嘉ら三十二人は皆天命を知り、ある者は天の予兆を献上し、ある者は良い進言をし、ある者は反乱者を告発し、その功績は明らかである。劉氏でその三十二人と同じ宗族の者については辞めさせず、王氏の姓を下賜する」



国師劉歆だけは娘を王莽の子に嫁がせているので王氏を下賜しなかった。



また定安太后の称号を黄皇室主と改め、漢との関係を断ち切らせた。



「劉子輿」についてはここ以外で既に知っている人も多いのだろう。

王昌一名郎、趙國邯鄲人也。素為卜相工、明星歴、常以為河北有天子氣。時趙繆王子林好奇數、任俠於趙・魏輭、多通豪猾、而郎與之親善。
初、王莽簒位、長安中或自稱成帝子子輿者、莽殺之。郎縁是詐稱真子輿、云「母故成帝謳者、嘗下殿卒僵、須臾有黄氣從上下、半日乃解、遂姙身就館。趙后欲害之、偽易他人子、以故得全。子輿年十二、識命者郎中李曼卿、與倶至蜀。十七、到丹陽。二十、還長安。展轉中山、來往燕・趙、以須天時」。林等愈動疑惑。乃與趙國大豪李育・張參等通謀、規共立郎。
(『後漢書』列伝第二、王昌)


光武帝らと覇を争った王郎が名乗ったのが劉子輿であったという。



成帝の晩年に生まれた子がいたとするとこの時期(始建国二年)は二十歳前後になっていることになる。


少なくとも公式には成帝の趙皇后姉妹は成帝の側室たちの生んだ子をかたっぱしから「処分」していたとされているので、「実は取り替え子して難を逃れていた成帝の実子がいた」というストーリーは、ある意味ではリアリティがあったのだろう。



このオリジナル劉子輿がどんな意図でそう名乗ったのか(あるいはなぜ危険を冒して正体を明かしたのか)は不明だが、面白いネタではあるだろう。




なお、明徳侯劉龔はたぶん翟義の乱に際して翟義との私怨があったために翟義潰しを率先した劉立の子孫、率礼侯劉嘉は安衆侯劉崇の親族で劉崇を捨てた者のことだろう。王莽から見れば積極的に正しい側に就いた、いわば功労者ということだ。