曹彰の言動

魏略曰、(曹)彰至、謂臨菑侯(曹)植曰「先王召我者、欲立汝也。」植曰「不可。不見袁氏兄弟乎!」
(『三国志』巻十九、任城威王彰伝注引『魏略』)

魏略曰、太子嗣立、既葬、遣(曹)彰之國。始彰自以先王見任有功、冀因此遂見授用、而聞當隨例、意甚不悦、不待遣而去。
(『三国志』巻十九、任城威王彰伝注引『魏略』)


この上記二つの記事、どちらも『魏略』なんだな・・・。



曹彰は太子曹丕ではなく曹植を(父の命で)立てようとしていた。その後、曹丕によって他の王子と同じ扱いにされたのを怒って命令を待たずに勝手に国に帰った、という。



曹丕を太子から引きずり落そうとした実行犯なのに、その曹丕に厚遇されないのを怒るとか、ちょっと考えなしの極みなのか、それとも「曹植を後継にできていれば重用されていたはずなのに」という不満だったのか。



まあ後者なら後者で、厚遇されないことになってしまったと憤るよりも曹丕においしい棗でも食わされるんじゃないかと警戒する方が先じゃないか、と思うが。この記事だけ見たら曹彰がとてつもなく能天気な人に見えてしまう。





ん?待てよ・・・。



勝手に帰ったってのは、もしかして「命令を馬鹿正直に待っていたら捕まって殺されたりするかも」という危惧からの行動か・・・?!



そうだったら、常識的な判断力とそれなりの危機感を持っていたことにはなるかもしれない。