皇帝の母

思うに、皇帝の母やその一族の事が記録に残るのは、その母の一族はいわゆる外戚であり、皇帝にとって親愛の対象であり、高い忠誠を期待できる得難い存在であるからだ。



だが、その皇帝に権力がなければ、高い忠誠を期待する意味がない(というか期待するようなことが許されない)ので、皇帝の血縁者を記録する意義も無い。



「法律上の母」である皇太后さえはっきりしていればいいことになる。




曹魏における「皇帝の母」の存在感の薄さはそういうことだろうか?