宮正

黄初四年、尚書令陳群・僕射司馬宣王並舉稃為宮正、宮正即御史中丞也。帝不得已而用之、百寮嚴憚、罔不肅然。
(『三国志』鮑稃伝)


別に鮑稃スゲーとか言いたいわけではない。


この時、陳群・司馬懿は鮑稃を「宮正」にするようにと推薦した。


「宮正」とは御史中丞のことだという。


「宮正」は『周礼』に出てくる官名。つまり古典に典拠がある雅名である。
『周礼』主義の宇文氏の北周は実際に「宮正」という官を置いているが、陳群らは上奏文の中でカッコつけて雅名を用いたのだろう。