三世后族

泰始中、帝博選良家以充後宮、先下書禁天下嫁娶、使宦者乘使車、給騶騎、馳傳州郡、召充選者使后揀擇。(楊)后性妒、惟取潔白長大、其端正美麗者並不見留。
時卞藩女有美色、帝掩扇謂后曰「卞氏女佳」后曰「藩三世后族、其女不可枉以卑位」帝乃止。
司徒李胤・鎮軍大將軍胡奮・廷尉諸葛沖・太僕臧權・侍中馮蓀・秘書郎左思及世族子女並充三夫人九嬪之列。
(『晋書』武元楊皇后伝)

有名な晋武帝のリアル諸星あたる

皇后楊氏はヤキモチ焼きで、オーディションの時にわざと美人を選ばなかったという。
また、卞藩という人物の娘が美形で有名だったらしく、武帝が楊氏に「卞藩の娘は美人らしいなゲヒヒヒヒ」と語りかけると、皇后は「卞藩は三世代にわたる皇后の家ですから、その娘も低い地位には置いておけませんよ?」と答えた。これによりさすがの武帝も彼女を後宮に入れるのをやめたという。
高い地位に元皇后の一族を置くことはあまり望まなかったのだろうか。


この「三世后族」というのは、まず間違いなく魏の曹操の正妻卞氏の一族のことを示している。高貴郷公の皇后も、陳留王(元帝)の皇后も卞氏なので、「三世后族」なのだと思われる。


あと関係ないけど「太僕臧權」ってあの臧覇の孫だな。