同一人物説

(曹)仁果遣其子泰攻濡須城、分遣將軍常雕・督諸葛虔・王雙等、乗油船別襲中洲。中洲者、部曲妻子所在也。仁自將萬人留橐皋、復為泰等後拒。(朱)桓部兵將攻取油船、或別撃雕等、桓等身自拒泰、燒營而退、遂梟雕、生虜雙、送武昌、臨陳斬溺、死者千餘。(孫)權嘉桓功、封嘉興侯、遷奮武將軍、領彭城相。
(『三国志』巻五十六、朱桓伝)

朱桓曹仁に勝った時の話、曹仁が派遣した将のうち常雕は殺され王双は生け捕りにされた。では諸葛虔はどうなったのだろうか?

江表傳曰、是歲(孫)權遣諸葛壹偽叛以誘諸葛誕、誕以歩騎一萬迎壹於高山。權出涂中、遂至高山、潛軍以待之。誕覺而退。
(『三国志』巻四十七、呉主伝、赤烏十年、注引『江表伝』)


その後、孫権諸葛誕を罠にかけようとして諸葛壹なる者に偽叛させたそうだ。


同族だからということだろうが、それなら諸葛瑾(ロバ)たちだっていいはずだし、敢えてこの諸葛壹なる者を選んだ理由は何か。



諸葛虔=諸葛壹(字の誤りによる誤伝)で、この諸葛虔は朱桓に負けた時に降伏し呉にいたのではないか?


もともとは曹氏サイドだったということから、「いかにもまた魏に舞い戻りそうな人物」として偽叛の仕掛け人として選ばれたのではないか?




まあ、証拠は無いが。あと以前にも同じような記事を書いたかもしれない。

奇蹟




昨日の昼間、ガラルファイヤーとガラルフリーザーを立て続けに捕獲成功するという奇蹟があった。なおどちらもマスターボールではない。



いわゆるポケモンgoであるが、これがどういうものかは分かる人にだけ分かればいい。



一応雑に説明しておくと、1週間に1回出会えるかどうかで、そのうち捕まえることが出来るのは10回に1回もない、みたいな感じだろうか*1。それが1日2回続いて出てきて2回続けて捕まえられたのである。

*1:あくまでも感覚である。データに基づいてはいない。

消滅州

曹操の時、建安18年に涼州并州は合併によって消滅したとされる。

(馬)超果率諸戎以撃隴上郡縣、隴上郡縣皆應之、殺涼州刺史韋康、據冀城、有其衆。超自稱征西將軍、領并州牧、督涼州軍事。
(『三国志』巻三十六、馬超伝)


その前年頃、天水郡冀県を占拠した馬超は征西将軍・領并州牧・督涼州軍事を名乗ったという。



曹操の九州制が馬超の自称を意識したとは思わないが、馬超が名乗る、つまり影響力を行使しようとした対象の州がいずれも被合併の対象だったというのは面白い。


何か象徴的にも思える。

北平郡

漢代の幽州にあった「右北平郡」はいつから「北平郡」になったんだろうか。



漢書』『後漢書』には「右北平」表記が見えるし、『三国志』でもあるようだが、『晋書』地理志では「北平郡」になっているようだ。



曹魏西晋で変わったということ?よくわからん。



そもそもなんで「右北平」なのかもわからんけど。左北平はなさそうなのに。