ひとこと

後漢末の曹操屯田、いわゆる民屯と呼ばれるやつ。
あれ、いくら不穏な時代とはいえ内地でしかも豫州屯田なんか皇帝の居る許県そばでやってる割に、軍事組織が充実しててやけに守備兵が多かったように思われる。
典農中郎将とかね。


あの軍隊って、多分敵勢力から屯田民を守るためじゃなくて、屯田民の反乱を抑えるためにあるんだよね、きっと。
外敵から守るためだけなら屯田だけのために常時兵を貼り付けておくのは勿体無い。

だから逆なんだ。元は流民で失うものが無く、またおそらくは農奴同然の待遇で働かされたであろう屯田民が暴発するのを防ぐための、内向きの守備兵なんだ。


まあ、自分が知らなかっただけで世間では常識なのかもしれないけど。



ひとことのつもりが結構長くなった。まあいいか。