涙ぐましい暴君

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かの魏文帝曹丕は狩猟が大好きだったとされ、父の死から間もない頃から狩猟に出たりしており、うるさ型の臣下からはかなりガチ目に諫言されたりしている。



なぜ彼は皇帝になった頃から狩猟に特に力を入れるようになったのか。




思うに、曹丕はそれまで詩などの「文」においてはかなりの評価を受けるだけの実績を上げてきたのではないか。



しかしながら、いわゆる「武」においては、とてつもない父と比べようがないのはもちろんだが、弟曹彰と比べても実績においては明らかに劣っていたと言わざるを得ない。



だが、禅譲を受けたとはいえまだ劉備孫権公孫淵もいる当時においては、最高権力者に軍事的能力が期待されたであろうことはまず間違いないだろう。力がなければ平和をもたらすことはできないのだ。




曹丕はこれまでのところそういった面ではあまり目立てておらず、剣術が得意なのだといったアピールも、素手で猛獣と戦うという曹彰の前ではかすんでしまったことだろう。





曹丕の狩猟好きも、実はそういった「武芸アピール」の一環だったのではないか?



ことさらに狩猟に興じ、ことさらに狩猟が大好きだとアピールすることで、父にもかくとうタイプの弟にも、勝てないまでも負けてはいないんだ、武芸は得意なんだ、好きなんだ、と人々に印象づけ、曹丕の時代は軍事面において安心なのだ、と人々に思わせる必要があったのではないか。



上に立つ者に人格や文芸以上に武力を求めたであろう当時、曹丕は自分の皇帝という地位を維持するために、武芸や軍事教練的な側面もあったと思われる狩猟を、軍事面のアピール材料にしたのではないか。



だとすれば、諫言をものともせず、史上有名な暴君と同じような行動を続けることも、武力が求められた時代にあっては強さや頼もしさの表れとして捉えた者もいたかもしれない。




曹丕は自分が父のような「力で世を制圧できる君主」であるとアピールするために、涙ぐましい努力を続けていた・・・のかもしれない。