一つの『益部耆旧伝』

昨日の「益部耆旧伝」だが・・・。

(陳)壽又撰古國志五十篇・益都耆舊傳十篇、餘文章傳於世。
(『晋書』巻八十二、陳寿伝)


実は『晋書』によると陳寿が著したというのは「益部」ではなく「益都」となっているようなので、そもそも昨日の記事にある「陳術」が著したのが「益耆旧伝」で、おなじみ陳寿は「益耆旧伝」という別の書名だった、という可能性も一応なくもない。