魏文帝評の評価

昨日の記事から考えると、陳寿は『三国志』の中で魏文帝曹丕を人徳に欠けた暴君として扱った、と言ってもいいのだろうと思う。



この陳寿評が晋の当時どう受け止められたのかは想像するしかないが、こういった証言があるのは参考になるのかもしれない。

夏侯湛時著魏書、見(陳)壽所作、便壞己書而罷。
(『晋書』巻八十二、陳寿伝)

『魏書』を著していた夏侯湛は、陳寿の『三国志』を見て自分の著作を放棄してしまったのだとか。



もし陳寿の著作に大きな問題点があると感じたなら、放棄はしないだろう。先を越されたというだけで、自分の方が優れていると感じたら放棄するわけがないのだ。後漢について著した書が何種類もあったことからもわかる。



この夏侯湛は夏侯淵の子孫である。魏の皇族待遇だった者の子孫ですら、陳寿の暴君という魏文帝評は妥当であり、文句のつけようがないと思った、と言えないこともない・・・かもしれない。