ひとこと

昨日の記事で前漢の王吉が廃止を訴えた「任子」とは任官法だが、一方で『三国志』などでは「任子」を「人質」の意味で使っていることが多い。



これは用法が変わったというより、任官としての「任子」も「太守などの高官の子弟を皇帝の近くに呼び寄せ、太守が何かやらかせば即その子弟がアレされる」という「人質」でもある、ということなんじゃあないだろうか。



つまりどちらの「任子」も同じ事象を少し違う面で見ているだけなんじゃないか、ということだ。