夏侯陽

夏侯陽算經二卷。
(『隋書』巻三十四、経籍志三、子、暦数)


夏侯陽なる人物が著した算術の書があったそうだ。


時又有算學。大觀三年、禮部・太常寺請以文宣王為先師、兗・鄒・荊三國公*1配享、十哲從祀、自昔著名算數者畫像両廡、請加賜五等爵、隨所封以定其服。於是中書舍人張邦昌定算學・・・(中略)・・・漢都顗觀陽子、襄楷隰陰子、司馬季主夏陽男、落下閎閬中男、嚴君平廣都男、魏劉徽淄郷男、晉姜岌成紀男、張丘建信成男、夏侯陽平陸男、後周甄鸞無極男、隋盧大翼成平男。尋詔以黄帝為先師。
(『宋史』巻一百五、礼志八、文宣王廟)


どうやらこの夏侯陽は晋の頃の人らしい。



ちなみに同じ晋の人とされる姜岌は五胡の時期の天水の人。




晋の人という事は、司馬氏の縁者に譙の夏侯氏がいる(東晋元帝外戚という事になる)ので、夏侯陽も譙の夏侯氏夏侯淵らの血統)かもしれないが、それ以外の夏侯氏という可能性だってありうるから、断言まではできない。

*1:文宣王はご存じあの夢想家。兗国公は顔回、鄒国公は孟子、荊国公は王安石のことらしい。