文帝から文帝へ

後則從行獵、槎桎拔、失鹿、帝大怒、踞胡牀拔刀、悉收督吏、將斬之。
(蘇)則稽首曰「臣聞古之聖王不以禽獸害人、今陛下方隆唐堯之化、而以獵戲多殺羣吏、愚臣以為不可。敢以死請!」
帝曰「卿、直臣也。」遂皆赦之。
(『三国志』巻十六、蘇則伝)


魏の文帝曹丕は、狩猟に出た際に獲物の鹿が逃げ出した事を怒り、責任者の役人たちをその場で殺そうとした。



それに対して侍中蘇則は「古の聖王は禽獣の事で人を殺しはしませんでした。堯のような世をもたらそうという陛下が狩猟の事で役人を殺すのは命をかけて反対いたします」と諫言したので、曹丕も役人をしまっちゃうことを止めたのだった。




ツイッターにてこの件について話す人がいたのでふと思った事なのだが、この件における曹丕は以下の話を踏まえて行動したのかもしれない。

頃之、上行出中渭橋、有一人從橋下走出、乗輿馬驚。於是使騎捕、屬之廷尉。(張)釋之治問。曰「縣人來、聞蹕、匿橋下。久之、以為行已過、即出、見乗輿車騎、即走耳。」廷尉奏當、一人犯蹕、當罰金。
文帝怒曰「此人親驚吾馬、吾馬頼柔和、令他馬、固不敗傷我乎?而廷尉乃當之罰金!」釋之曰「法者天子所與天下公共也。今法如此而更重之、是法不信於民也。且方其時、上使立誅之則已。今既下廷尉、廷尉天下之平也、一傾而天下用法皆為輕重、民安所措其手足?唯陛下察之。」
良久、上曰:「廷尉當是也。」
(『史記』巻一百二、張釈之馮唐列伝)

前漢武帝の時、急に出てきて武帝の乗る馬車を驚かせた者が逮捕されて廷尉張釈之に引き渡された。



張釈之はその者を「天子が来るという警告があったのに道に出てきた罪で罰金に当たる」と断じた。



それに対し文帝は「ワイが大怪我するところだったのに罰が軽すぎる」と文句を言ったが、張釈之は「法で量刑が決まっているのにそれ以上にしては、法が民に信頼されません。もし、逮捕したその場で直接に重罰を与えたならそれまでの事ですが、いったん天下の公平さを司る廷尉に処断を任せた以上、その後に罰を左右しては、民はいったい何を頼ればいいというのでしょうか?」と答えた。





張釈之は、現行犯ですぐに処刑なりしてしまうという事自体は否定はせず、官憲に任せてからそれまでの法を曲げる事を否定している。



曹丕は、漢の文帝の「失敗」に鑑みて、張釈之も否定していない「官憲に引き渡す前に自ら法以上の重罰(死)を与える」をしようとしたのではなかろうか。





曹丕がこの張釈之と文帝の話をよく知っていた可能性は十分あるし、仮にそうでなくても「官憲に下す前に皇帝が大権をもって(法に無い量刑にするよう)介入できるが、官憲に下してからでは難しくなる」という部分は分かっていたという事なのだろう。




ある意味では、魏の文帝曹丕は漢の文帝が出来なかった事をやったのだ。


文帝から文帝へ、皇帝権力発露のバトンリレーである。







ちなみに、蘇則は件の諫言の後に左遷された。