列侯となる者

孝惠六年、樊噲卒、謚為武侯。子伉代侯。而伉母呂須亦為臨光侯、高后時用事專權、大臣盡畏之。伉代侯九歳、高后崩。大臣誅諸呂・呂須婘屬、因誅伉。
(『史記』巻九十五、樊酈滕灌列伝、樊噲)

かの樊噲の妻は呂后の妹呂須であった。



息子樊伉が樊噲の舞陽侯を継ぐ一方で、呂須も別に臨光侯になっていたのだという。




母親と子がそれぞれ列侯になっていたというのは蕭何夫人とこの樊噲夫人呂須くらいしか見えない。



それぞれ事情や様態が微妙に違うので一概に比較できないが、とにかくこの時代においては女性(列侯の母や妻だった者)が列侯になるという事例があった*1事は間違いない。

*1:他に先日の陰安侯や魯侯の例がある。