劉太公の母

高祖、沛豐邑中陽里人、姓劉氏、字季。父曰太公、母曰劉媼。其先劉媼嘗息大澤之陂、夢與神遇。是時雷電晦冥、太公往視、則見蛟龍於其上。已而有身、遂産高祖。
(『史記』巻八、高祖本紀)

索隠、皇甫謐云「名執嘉。」王符云「太上皇名煓。」與湍同音。
正義、春秋握成圖云「劉媼夢赤鳥如龍、戲己、生執嘉。
(『史記』巻八、高祖本紀注)

索隠、韋昭云「媼、婦人長老之稱。」皇甫謐云「媼蓋姓王氏。」又據春秋握成圖以為執嘉妻含始、遊洛池、生劉季。
(『史記』巻八、高祖本紀注)


漢の高祖劉邦の父は普通は劉太公、母は劉媼と呼ばれるが、『史記』高祖本紀注の各種引用からすると、『春秋握成図』なる緯書では「劉媼が竜のような赤い鳥が自分に戯れを行う(意味深)夢を見て執嘉=劉太公を産んだ」「執嘉=劉太公の妻の含始は洛池に行った後に劉邦を産んだ」とされているらしい。




どうやら、『春秋握成図』においては「劉太公の母」が「劉媼」であるとしているようだ。