処罰の親子愛

(劉)楨以不敬被刑、刑竟署吏。
【注】
典略曰・・・(中略)・・・其後太子嘗請諸文學、酒酣坐歡、命夫人甄氏出拝。坐中衆人咸伏、而楨獨平視。太祖聞之、乃收楨、減死輸作。
(『三国志』巻二十一、劉楨伝)

後漢末の文人劉楨は五官中郎将曹丕の元に居た。


ある時、曹丕は宴会の場にあの甄氏を連れ出した。列席の人々は伏して彼女を直視しないようにしたが、劉楨だけは普通にガン見した。




その後、曹丕の父曹操は劉楨を「不敬」として処断し、命は助けたが強制労働の刑に処したようだ。





曹丕夫婦に不敬を働く不埒者を裁く父。この親子愛・・・というか、曹操としては劉楨の行動が当時の(自分たちを事実上の最上位とする)秩序を乱すものという理由があったのだろう。



ただ、この処罰は正当なものなのか、それとも曹親子が自分の威厳や腹いせに法を曲げたものだったのか、ここだけではちょっと判断が付かない。こういう場に夫人を出してくるのが普通なのかもイマイチよく分からないし。