『漢紀』高祖皇帝紀を読んでみよう:その6

その5(http://d.hatena.ne.jp/T_S/20181025/1540393484)の続き。





張耳・陳餘既至趙、説豪傑曰、秦為亂政虐刑、殘賊天下、北有長城之役、南有五嶺之戍、内外搔動、百姓罷弊、財匱力盡、重以苛法、使天下父子不相聊生。陳王奮臂為天下唱始、莫不響應。於此時不成封侯之業者、非人豪也。因天下之力、誅無道之秦、報父兄之讎、而成大業者、此壯士之一時也。皆然其言、乃收兵數萬人、遂下趙十餘城。
武臣自號為武信君、進軍圍范陽。范陽人蒯通為其令徐公説武信君曰、范陽令欲以其城先下君、而君不利之、則諸守皆為金城湯池、不可攻也。君計莫若以黄屋朱輪以迎范陽令、使馳鶩乎燕・趙之郊、則邊城皆喜、相率而降。此由以下阪而走丸也。武信君乃以侯迎徐公。燕・趙聞之、降者三十餘城。
(『漢紀』高祖皇帝紀巻第一)

今度は全編張耳・陳余らの話である。陳勝から趙に派遣されて趙を支配下に置き、燕にまで影響を及ぼした事が語られる。




またここで出てくる蒯通は多分あとでまた出てくる。