『漢紀』高祖皇帝紀を読んでみよう:その4

その3(http://d.hatena.ne.jp/T_S/20181022/1540134201)の続き。





秦二世胡亥元年秋七月、發閭左屯漁陽、陽城人陳勝、字渉、陽夏人呉廣、字叔、皆為屯長、行至蘄。會天大雨、度已失期、失期法當斬、遂因天下之怨謀叛。陳勝以虵為書、置魚腹中曰陳勝王、令人賣之。士卒得魚者、故已怪之矣。又令呉廣夜於叢祠中構火作狐鳴曰、大楚興、陳勝王。衆乃大驚。遂殺其將尉、號令徒屬、稱大楚。勝為大將軍、廣為都尉、攻掠城邑。至陳、衆數萬人。勝自立為楚王。
大梁人張耳・陳餘諫曰、將軍出萬死之計、為天下除殘賊。今始至陳為王、是示天下私也、不如立六國後、自為樹黨、進師而西。則野無交兵、縣無守城、誅暴秦、安據咸陽、以令諸侯、天下可圖也。勝不聽。以陳人武臣為將軍、耳・餘為校尉、北徇趙地。
當此之時、楚將徇地者甚衆、楚兵數千、聚黨者不可勝數。以呉廣為假王、監諸將。以周文為將軍、衆十餘萬、西至戲水、蓋百二十萬矣。
秦令將軍章邯赦驪山作徒七十萬人以撃之。是時呉廣別圍滎陽不能下。將軍田臧等謀曰、假王驕、不可與計謀。乃矯陳王命誅呉廣、進兵而西。是歳太白再經天。占曰、法為大兵、天下易王。
(『漢紀』高祖皇帝紀巻第一)


この回は『史記』『漢書』本紀ではなく、主に陳渉世家(陳勝伝)を元に構成されていると思われる。




その辺についてはこのシリーズを参照してもらいたい。




陳勝らはあっという間に秦政権の日常を破壊し、全てをひっくり返してしまった。




荀悦はそんな内容の中に「天下、王を易(か)える」事を示す天文の存在を指摘し、将来の皇帝劉邦の登場を予感させる事も忘れない。