張安世と司馬遷

数日前の記事(http://d.hatena.ne.jp/T_S/20160722/1469114760)で、私は「尚書令張安世は漢武帝に対して兄のため助命嘆願をし、そのおかげで兄の張賀は処刑ではなく宮刑で済んだ」という話を書いた。





一方、もう少し前の記事(http://d.hatena.ne.jp/T_S/20160701/1467299958ほか)では、中書令司馬遷は(おそらく)自身の助命嘆願を自分にお願いした任安に対し、「宮刑にされるなんて士大夫としては恥辱の極みなので、そういう時は捕まる前に死ぬものだよ(笑顔)」と有難いお説教で返答した。





張賀兄弟の例からは、任安も誰かそれなりの人物が本気で助命嘆願したら死は免れた(代わりに宮刑になるが)可能性があった、と言うことができるのではなかろうか。




司馬遷が執拗なまでに「宮刑になるより死を選ぶべき」と述べていたのも、当時は「死一等を減じた」先に待っているのが宮刑であったからなのだろう。




してみると、宮刑よりも自決を勧める司馬遷は、やはり処刑から任安を救うことはしない(あるいは、できない)ということを直接言葉にしないで伝えようとしていた、ということなのだろう。
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*1:最も、張賀と任安では罪状も違うので、司馬遷には任安は助命できそうにない、と思われたからこうなった可能性もある。