三国志はじめての官職:丞相その1

突然だが、世の三国志ファンの方々は、『三国演義』などの物語や陳寿の『三国志』などの史書などを読んで、いきなり出てきた官職や称号の羅列に驚いたり意味が分からず困惑したりといった経験はないだろうか。



正直そのあたりは自分もよくわからなくなる時があるが、まあそれでも多少はわかるところもあるので、自分なりにそういった官職などについて紹介し少しばかり解説をしていこうと思う。




こうやって地道に少しずつはじめての人たちへの「三国志」への理解を深めていくことが「三国志」という分野の発展と私の利益に寄与するのだと思う。








まず初回は「丞相」。




これは曹操諸葛亮、また他にもから揚げに無断でレモンをかけそうな武将ナンバーワンに輝いたという噂が根強い陸遜などといった大物ばかりが就任していることからもわかるように、ものすごく重要な官職である。



相國・丞相、皆秦官、金印紫綬、掌丞天子助理萬機
(『漢書』巻十九上、百官公卿表上)


三国志の時代の官職はほとんどが漢王朝の官職そのものか、それを受け継いだものなので、漢王朝の官職の説明が参考になる。



その中では、丞相は「天子(皇帝)があらゆる事柄を治めるのを助けることが仕事である」と言われている。



言い換えると、「宰相」「総理大臣」とでもいった立場であり、皇帝が政治上の事柄を大臣たちに議論させる際にいわば議長役をするのが丞相であったし、皇帝の仕事を補佐する大臣たちを統率するのも、全国を統治する「太守」たちを指導するのも丞相の仕事であった。




それだけに丞相は巨大な権限を持っており、三国志の時代までは丞相の職務は「三公」と呼ばれる三つの官に分割され、それぞれが職務の一部ずつ分担していた。



漢罷三公官、置丞相・御史大夫。夏六月、以公為丞相。
(『三国志』巻一、武帝紀、建安十三年)

夏六月、罷三公官、置丞相・御史大夫。癸巳、曹操自為丞相。
(『後漢書』紀第九、孝献帝紀、建安十三年)

その三公を廃止し、分担していた職務を再度ひとまとめにした丞相が復活し、曹操が就任することとなった。



これが三国志の時代における丞相のはじまりなのである。




今日は疲れたのでまた今度。