今のうちに2

昨日の記事に続き三国志クラスタの大半が嘲ry、「司馬懿の歌は『大軍を率いて辺境まで討伐へ行く自分に対して皇帝が警戒心や猜疑心を抱かないように』わざと洗練されていない感じを出したもの」という説も上げておこう。





イメージとしては王翦が敢えて恩賞を気にしている様子をアピールして始皇帝の猜疑心を和らげようとした故事*1が近い。

*1:王翦行、請美田宅園池甚衆。始皇曰「將軍行矣、何憂貧乎?」 王翦曰「為大王將、有功終不得封侯、故及大王之嚮臣、臣亦及時以請園池為子孫業耳。」始皇大笑。王翦既至關、使使還請善田者五輩。或曰「將軍之乞貸亦已甚矣。」 王翦曰「不然。夫秦王怚而不信人。今空秦國甲士而專委於我、我不多請田宅為子孫業以自堅、顧令秦王坐而疑我邪?」(『史記』巻七十三、白起王翦列伝)。